
新書太閤記〈10〉
■人はなぜ戦争するのか
明智光秀をやぶり、柴田勝家を葬った秀吉。
次の対戦相手は徳川家康です。
吉川英治さんはここで興味深いことを書いています。なぜ人は戦争するのか、ということです。
■誰が戦争を望んでるのか
指導者は皆、平和を約束します。
武士は皆、殺し合いの悲惨さを知っています。
庶民は皆、戦争を恐れています。
それなのに人は戦争をします。
一体なぜなのか。
吉川英治さんのは次のようにいいます…
■戦争をする者の正体
戦争は個人がするのではない。「人間の結合したもの」がやる。
人間は個人個人では平和を求めている。
しかし群れをなせば、世の中は人間の意志だけでは動かなくなる。
「世の中が人間意志だけでうごいて来たとおもうのは人間の錯覚」で、じつはそれ以外の大きな力が作用している。
つまり、
人間が時代を動かしているように見えてじつはそうではない。
「人間もまた、太陽、月、星のごとき宇宙循環に約された運命」によって動かされている。
ということのようです。
■時代の代表者
秀吉や家康など、時代の代表者となった人間は、もう一個人ではなくて「無数の人間意志や宇宙意志」を融合した存在だといいます。
■英雄は道具なのか
もっといってしまえば、ときの英雄は「無数の人間意志や宇宙意志」の道具ということにならないでしょうか。
「無数の人間意志や宇宙意志」は、英雄を利用して、人間世界を自在に作り変えていく。
英雄はそのための道具です。
これはトルストイが『戦争と平和』で言っていたことと似ているのかもしれないと思いました。
英雄が時代を作るのではなく、逆に、時代のうねりが英雄個人をたまたまひとつのシンボルとして利用し、歴史をつくっていく…
■平和は来ない
個人としての人間は、平和を望みます。
でも世の中は個人個人の意志とは別の方向に流れていきます。
そうであれば「平和はいつも遠いようだ」と吉川英治さんは書いています。
新書太閤記〈10〉

